この裁判(昭和26年8月17日最高裁判決)は、「事実の錯誤」と「法律の錯誤」が刑事責任にどのように影響するかが問題となった事例です。
主な争点は、被告人が犬を撲殺した際にその行為が他人の財産に対する犯罪(器物損壊罪や窃盗罪)に該当するか、そしてその際に被告人が誤解した「無主犬」の解釈が「事実の錯誤」か「法律の錯誤」かという点です。
事件の概要
X(被告人)は、養鶏場と養兎場を経営しており、野犬に家畜を襲われる被害を受けていました。
そのため、Xは野犬を捕獲するために罠を仕掛け、その罠にポインター種と思われる首輪付きの犬がかかりました。
Xはその犬が無鑑札であり飼い主不明だったため、大分県の「無主犬は撲殺しても良い」という規則を誤解し、その犬を無主犬とみなし撲殺しました。
その後、Xは器物損壊および窃盗罪に問われました。
最高裁判所の見解
- Xの誤解:
Xは、犬が首輪をつけていたが鑑札をつけていなかったため、その犬を無主犬と信じて撲殺しました。
大分県の飼犬取締規則に基づいて、無主犬の撲殺が認められていると誤解したことがXの弁解として示されています。
この規則は、警察や町村長が公共の危害を防ぐために無主犬の撲殺を許可するものですが、私人が自ら無主犬を撲殺することは認められていませんでした。
- 事実の錯誤 vs. 法律の錯誤:
Xは、無鑑札の犬が直ちに無主犬とみなされると誤信していました。
この場合、Xはその犬が他人の所有物であることを認識していなかった、つまり「事実の錯誤」が存在していた可能性があります。
犯意(犯罪の意図)が成立するためには、対象物が他人の財産であることの認識が必要です。
Xはその犬を無主犬と信じていたため、他人の所有物であることを認識していなかった可能性が高いと最高裁は判断しました。
- 原判決の誤り:
原判決では、Xがその犬が他人の所有物であることを知っていたと認定し、その結果、Xには犯意があったと判断しました。
しかし、最高裁はこの認定が誤りであると指摘し、事実の認識に関する審理が不十分であったとしました。
この誤りは事実の確定に影響を与えるため、原判決は破棄されるべきとされました。
- 結論
この判例では、Xの誤解が「事実の錯誤」であると判断されました。
Xは犬が無主犬であると信じていたため、他人の財産に対する犯罪意識が欠如していた可能性が高く、この認識の欠如が犯罪の成立を阻害する要因となったのです。
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