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訴訟外での相殺と訴訟上の相殺の違い

 この平成10年4月30日の最高裁判決(事件番号: 平成5(オ)789)は、訴訟上の相殺の抗弁に対して、さらに訴訟上の相殺を再抗弁として主張することが許されるかどうかに関して重要な判断を示しています。

 

最高裁の見解

 訴訟上の相殺の再抗弁の不適法性最高裁は、被告が訴訟上の相殺の抗弁を主張した場合に、原告がそれに対してさらに訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは不適法であり、許されないとしました。

 

 この判断は、訴訟上の相殺の性質と、それに伴う法的関係の安定性が理由として挙げられています。

  • 訴訟外での相殺と訴訟上の相殺の違い

 訴訟外で相殺の意思表示が行われた場合は、相殺の要件を満たしていれば、確定的に相殺の効果が生じるため、それを再抗弁として主張することが認められます。

 

 しかし、訴訟上の相殺は、相殺の意思表示だけでは確定的な効果が発生せず、訴訟で裁判所が相殺の判断を下すことによって初めて相殺の効果が生じます。

 

 そのため、訴訟上の相殺に対して再び相殺を主張すると、法的関係が不安定になり、審理が複雑化するため、これを許すべきではないとされています。

  • 債権の行使方法

 原告が訴訟物である債権以外に被告に対して別の債権を持っている場合、訴えの追加的変更によってその債権を同一訴訟で請求するか、別訴を提起してその債権を行使することが可能です。

 

 仮にその債権が時効によって消滅している場合でも、訴訟外で相殺の意思表示を行い、それを訴訟上で主張することができるため、訴訟上の相殺を再抗弁として許さなくても原告に不都合は生じません。

  • 民事訴訟法114条2項(旧民事訴訟法199条2項)の適用

 さらに、民事訴訟法114条2項は判決の理由中の判断に既判力を生じさせる特例を定めたものですが、その適用範囲を無制限に拡大することは適当ではないとされています。

 

 訴訟上の相殺の再抗弁を許してしまうと、法律関係が複雑化し、判決の既判力の適用範囲も不適切に広がってしまう恐れがあるため、この点でも再抗弁は認められないとされました。

  • 結論

 最高裁は、訴訟上の相殺に対してさらに相殺を再抗弁として主張することは、不適法であり許されないとの見解を示しました。

 

 これは、相殺の実体法的効果が訴訟における裁判所の判断を条件とするため、その上に再び相殺を主張することが法的安定性を損なうと判断されたためです。